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仙台高等裁判所 昭和58年(ラ)79号 決定

抗告人(被審人) 紅屋商事株式会社

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人を過料一〇万円に処する。

本件手続費用は第一、二審とも抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は「原決定を取消す。抗告人を処罰しない。」との決定を求め、その理由とするところは

原審は、東京地方裁判所が同庁昭和五七年(行ク)第七七号緊急命令申立事件において抗告人に対し安田博を原職に復帰させることを含む青森県地方労働委員会の命令に従うよう命じたにもかかわらず抗告人が安田博を原職に復帰させなかつたのは右裁判所の命令に違反したとして過料に処した。

しかし、右の東京地方裁判所の命令は安田博を原職に復帰させることまでは含んでいないから抗告人に命令違反はない。また、安田博の解雇については現在東京高等裁判所に係争中であるし、この段階で同人を職場に復帰させれば暴力事件を起されたり怠業、業務妨害などで職場秩序が破壊されて企業運営に支障が生じる。抗告人は安田博を原職に復帰させなくとも緊急命令に従つて賃金相当分は支払つている。

よつて原審がなした過料の裁判の取消を求める。

というにある。

二  そこで最初に本件緊急命令たる右東京地方裁判所の決定内容をみてみるに、これを本文、但書の形に整理するとその意味は、「青森県地方労働委員会が発した本件救済命令に従うべきことを命ずる。但し、その主文(2)により被申立人(本件抗告人)が支払を命ぜられた金員についてはそのうち、安田博が青森地方裁判所弘前支部昭和五〇年(ヨ)第三一号地位保全等仮処分申請事件の判決に基づき仮払を受けた金員に相応する分は除外する。」との趣旨であるのは明らかであるから、右青森県地方労働委員会の救済命令が安田博を原職に復帰させるよう命じている以上、本件緊急命令が原職復帰の履行命令を包含していることは疑いのないところである。そして、本件記録によると抗告人は安田博を原職に復帰させていないことが認められるから、労働組合法二七条八項の規定に基づく裁判所の緊急命令を履行せずこれに違反したというべきである。従つて抗告理由前段の主張は採用することができない。

ところで緊急命令違反に関する罰則規定である同法三二条は、過料額につき当該命令が作為を命ずるものであるときはその命令の不履行の日数一日につき一〇万円の割合で算定した金額以下、それ以外の場合には一〇万円以下と定めている。解釈上、「作為を命ずるもの」としては、バツク・ペイの命令、団交応諾命令、ポスト・ノーテイス命令のほかに本件のような原職復帰命令もこれに含まれるとされ、「不作為を命ずるもの」としては、支配介入の禁止命令が挙げられている。従つて作為命令不履行の場合は、不履行の日数一日につき一〇万円の割合で算定される金額、例えば不履行日数が一〇〇日に達すれば一〇〇〇万円以下の過料に処しうるわけであり、過料額の上限が画されていないのみならず、裁量の幅が他に例を見ない程広く裁量基準の設定に戸惑うことになる。もつとも、団交拒否の場合には、当該団体交渉申入れが濫用にわたるものでない限り、当該交渉日一日毎に積算した金額以下の過料に処しても、右積算額が何百万円とか何千万円となるのは通常考えられないことであるのに加えて、一回毎に積算するのが履行強制の方法として有効かつ妥当であるということができるから、不当な結果となる例は少いと思われる。しかし、団交拒否以外の場合、殊にバツク・ペイの金額が比較的少額であるときの不履行やポスト・ノーテイス命令の不履行の場合には、機械的な積算をすることに違和感を覚えるのは否めないところである。一方、不作為命令である支配介入禁止命令に違反した場合には、これが何日間継続しても一〇万円を超える過料には処しえないわけであるが、団結権の侵害としては前記作為命令の対象となる行為よりもむしろ支配介入の方が重大であるともいいうることに鑑みれば、団交拒否とかこれに準ずるもの以外の作為命令不履行の事案に対し、一〇万円を超えて、何十万円とか時に何百万円もの過料を科するのは均衡を失していると評さざるをえない。

更に原職復帰命令不履行の場合についていうと、この命令中には当該労働者の就労を妨害してはならないとの禁止・不作為を命じている部分があり、これだけであれば「作為を命ずるもの」に該当せず、しかも通常はこの部分の占める割合が大きいのに、当該労働者が解雇時に占めていた持ち場を空けてやり、当時の仕事を与えるという積極面があることに着目して作為命令とされるのである。原職復帰命令に復帰までの賃金相当額の支払命令が伴つているのが通常であり、後者が履行されている限り労働者の経済的窮状は一応救済されているから、右積極面の整備・提供をしないというのは不履行の態様として必ずしも悪質又は重大なものではないというべきである。

このように考えると、原職復帰命令不履行に対する過料額決定の裁量基準としては、対象労働者の員数と賃金相当額の支払が履行されているか否かを考慮しつつ、これらの点を含めた個別的事情に特段の悪質・重大性がない限り、一回の不履行通知毎に一〇万円以下とするのが相当である。

本件においては、対象労働者は安田博一名だけであつて、本件緊急命令中賃金相当額支払の点は履行されていること記録上明らかであり、個別的にも悪質・重大な不履行であることを認むべき資料は見当らないから、抗告人を一〇万円を超える過料に処するのは相当ではない。

よつて、抗告人を八〇万円の過料に処した原決定は前記法条所定の裁量を誤つたものとして一部不当であるから、これを変更して抗告人を過料一〇万円に処することとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法二五条、民事訴訟法九六条、八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 輪湖公寛 小林啓二 斎藤清実)

原審決定の主文及び理由

主文

被審人を過料八〇万円に処する。

手続費用は被審人の負担とする。

理由

一 本件記録によると次の事実を認めることができる。

1 被審人は昭和五三年三月一八日付で、従業員であつた紅屋労働組合書記長安田博を懲戒解雇した。

2 右組合は安田博に対する解雇は不当労働行為であるとして、青森県地方労働委員会に救済の申立(昭和五三年(不)第一五号事件)をし、同委員会は昭和五五年一〇月二九日付で、次の命令をし、右命令は昭和五五年一〇月三一日頃被審人に送達された。

主文「被申立人紅屋商事株式会社は、申立人紅屋労働組合の組合員安田博に対し、次の措置を含め昭和五三年三月一八日付解雇がなかつたと同様の状態にしなければならない。

(1) 原職に復帰させること。

(2) 解雇の翌日から原職復帰するまでの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額及びこれに対する昭和五三年三月以降各支払い期毎に年五分の割合による金員を支払うこと。」

3 被審人は右命令に対し、中央労働委員会(以下中労委という。)に再審査の申立(昭和五五年(不再)第七一号事件)をし、同委員会は昭和五七年五月一九日付で、右再審査の申立てを棄却する旨の命令をし、右命令は昭和五七年六月一七日被審人に交付された。

4 被審人は昭和五七年七月一七日東京地方裁判所に右命令の取消を求める旨の行政訴訟(昭和五七年(行ウ)第八九号事件)を提起した。

中労委は同裁判所に次の趣旨の申立(東京地方裁判所昭和五七年(行ク)第七七号緊急命令申立事件)をした。

「右当事者間の御庁昭和五七年(行ウ)第八九号救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、中労委が昭和五七年六月一七日被申立人紅屋商事株式会社に交付した中労委昭和五五年(不再)第七一号事件命令に従い、同会社は安田博に対し、次の措置を含め昭和五三年三月一八日付解雇がなかつたと同様の状態にしなければならない。

(1) 原職に復帰させること。

(2) 解雇の翌日から原職復帰するまでの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額及びこれに対する昭和五三年三月以降各支払い期毎に年五分の割合による金員を支払うこと。との決定を求める。」

東京地方裁判所は、次の決定(以下本件緊急命令という。)をし、右決定は昭和五八年四月四日被審人に送達された。

主文「被申立人(本件被審人)を原告、申立人(中労委)を被告とする当庁昭和五七年(行ウ)第八九号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決の確定に至るまで、被申立人に対し、申立人が中労委昭和五五年(不再)第七一号事件について発した昭和五七年五月一九日付命令によつて維持された青森県地方労働委員会の昭和五五年一〇月二九日付命令(青森地労委昭和五三年(不)第一五号事件)について、その主文(2)の『解雇の翌日から原職復帰するまでの間に同人(申立外安田博)が受けるはずであつた賃金相当額』から、同人が右期間内に青森地方裁判所弘前支部昭和五〇年(ヨ)第三一号地位保全等仮処分申請事件の判決に基づき仮払いを受けた金員を控除したうえ、右命令に従うべきことを命ずる。申立人のその余の申立てを却下する。」なお、理由中に次の説示がある。「各資料によれば、申立外安田博を原職に復帰させるべき旨の緊急命令を発する必要性を認めることができる。」

5 みぎ青森地方裁判所弘前支部昭和五〇年(ヨ)第三一号地位保全等仮処分請求事件の判決主文は次のとおりである。

「債権者(安田博)が債務者(本件被審人)に対し雇用契約上の権利を有することを仮りに定める。債務者は債権者に対し、昭和五〇年五月以降本案判決確定まで毎月二八日限り、金一〇万三六六六円を仮に支払え。訴訟費用は債務者の負担とする。」

二 以上の事実によれば、本件緊急命令は、被審人に対し、安田博を原職に復帰させることを命じていることが認められる。しかして、本件記録によると、被審人は現在安田博を原職に復帰させていないことが認められる。したがつて、被審人は本件緊急命令を履行せず、労働組合法第二七条第八項の規定による裁判所の命令に違反したものというべきである。よつて不履行の期間その他諸般の事情を考慮して労働組合法第三二条所定の過料金額の範囲内において、被審人を過料八〇万円に処するのを相当と認め、手続費用の負担につき非訟事件手続法第二〇七条第四項を適用して、主文のとおり決定する。

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